ピレネー山脈を挟んでフランス側に3県、スペイン側に4県からなるちょっと特殊な地域「バスク地方」。そこで話させる「バスク語」はスペイン語やフランス語とはまったく系統が違う独立した言語であるとおり、文化も料理も独特です。
海外書き人クラブ会員でスペイン・バスク地方在住の清水胡春が、この地で絶対に食べていただきたい料理をご紹介します!
バスク地方というと「ピンチョス」(ひとくちおつまみ)が有名です。近年では「黒いチーズケーキ」が、世界中から美食家からじわじわと注目されています。
でもバスク地方の絶品は他にもたくさん! 今回はディープな一品も含め、「これを食わずしてバスクを去れるか!」という品々をご紹介いたします。
ちなみにバスク地方とはここです!
1.蟹のグラタン:チャングロ・ア・ラ・ドノスティアラ(Txangurro a la Donostiarra)
チャングロはバスク語で「蟹」を指し、ア・ラ・ドノスティアラはスペイン語で「ドノスティア風の」(ドノスティアは「サン・セバスティアン」のバスク名)を意味します。言語のちゃんぽんになっておりますが、ここではよく見られる表現方法です。
よく炒めた玉ねぎにトマトを加え、たっぷりの蟹味噌と蟹肉を加えてフランベしたブランデーを混ぜ、蟹の甲羅に詰めて、ニンニクとパセリの入ったパン粉をかけてオーブンで焼いたものが一般的ですが、クリーミーに仕上げていたり、チーズが入っていたりと、レストランによってさまざまです。
2.塩タラのオイル煮:バカラオ・アル・ピルピル(Bacalao al pil-pil)
バカラオはタラ、ピルピルはオイルを煮ているときに「ピルピルピル……」と聞こえるからという理由ですが、うーん、正直、どうなんでしょうか……。まあ、そこはおいておいて。
一般的な作り方ですが、24時間から48時間かけて戻した塩ダラ(塩加減やタラの大きさによって戻し時間が違い、また、戻しすぎると味がぼやけるため、戻し方もなかなか難しい)を、たっぷりのオリーブオイルで煮込んだもの。ぐつぐつ煮込むというよりは、フランス料理のコンフィに近いといいますか、低温なオリーブオイルに戻した塩ダラをそっと入れて、土鍋風の鍋の両手を持って小刻みに揺することで、タラの脂身とオリーブオイルを乳化させて白濁させることでマヨネーズのようなソースにしたものです。
毎回私は、カロリーとかいう俗物を忘れ、パンにソースをどっぷり浸し、皿をぬぐいきってしまいます。
3.魚のピーマン詰め:塩タラのピキージョピーマン(Pimiento Piquillo Relleno del Bacalao)
塩タラが続きますが、バスク人が数世紀食べ続けているソウルフードなので仕方ありません。歴史的に、我々日本人の「納豆」や「味噌」に匹敵するものと思われます。
ピキージョピーマンというのは、小型で肉厚の赤ピーマンのことで、先がツンととんがっているものです。スペイン語でくちばしのことをピコといい、そこからこのピーマンの名前が来ており、通常は皮や種を除かれた状態で、缶詰やぴん詰めにされて売られています。そこに、ベシャメルソースベースの塩ダラを詰め、オーブンで焼いたものなのですが、甘い赤ピーマンと、ベシャメルと塩タラとのコンピが絶妙です。
大抵2~3個程度しかないので、いつも、大将!おかわり!と言いたくなるところをぐっと抑えなければなりません。
4.牛肉のステーキ:Txuleton
ご存じの方は、「え、シーフードで有名なバスクで肉?」と思われるかもしれません。しかし有名ではないのに格別なのがこのバスク肉のステーキです。日本の柔らかい霜降り肉も最高の贅沢ですが、たまには、どっしり肉汁の詰まった赤身肉をゆっくり噛みしめて味わうのはいかがでしょうか。
特筆すべきはその厚み。通常1キロで提供されるその肉。骨付きですが、骨を抜いた肉の部分だけで1キロです。
見た目だけでおなか一杯になりそうですが、シンプルな調理法なせいか、思いのほかあっさりしていて、1キロ食べた次の日でも、もう一枚いけるんじゃないかと思わせます。実際、家計が許せば2日続けてでも無問題だな。でも結構お高いんですこよれが(泣)
5.カツオのシチュー:マルミタコ(Marmitako)
マルミタとはバスク語で鍋を意味し、マルミタコは、漁師たちが、船上でありあわせのものを煮込んだ料理です。
しっかり煮込まれたじゃがいも、ピーマン、トマトに、さっと数分加えられただけのカツオはとてもあっさりしていて、二日酔いのときなどは、おお、救いの女神よ……な感じです。
煮込み料理ですが、カツオの旬が夏であり、材料もピーマンやトマトということで夏料理に分類されます。個人的には、味がしみ込んだ、翌日の冷たいマルミタコもまた格別で、つまんでいるうちにまた飲んでしまい、二日酔いへの無限ループへ引き込まれていくという悪魔の一皿でもあります。
6.タラ(またはメルルーサ)のあご肉のグリーンソース:ココチャ・エン・サルサ・ベルデ(Kokotxa en Salsa Verde)
https://es.wikipedia.org/wiki/Cococha#/media/Archivo:Cocochas.jpg
タラやメルルーサのあごの骨は三角になっており、バスクではその中心部にある肉をココチャと呼びますが、一匹から少量しか取れないため高級食材とされております。いわゆる「白子」のような、他国にはあまり理解されない一方で、その国では非常に重宝されている食材と似ているといえましょう。
パセリとジャガイモベースのグリーンソースで食されるだけでなく、オイル煮やフライなどもポピュラーです。コラーゲンたっぷりなので、女性に喜ばれます。
7.ゲルニカピーマンの炒め:ピミエントス・デ・ゲルニカ(Pimientos de Gernika)
ししとうによく似たピーマンを塩で炒めただけのシンプルなものなのですが、ゲルニカのものは特に有名で、小さいのに肉厚で甘みがあります。
通常はステーキなどの付け合わせレベルに甘んじていますが、夏限定でバルなどでは単品でも注文できます。日本におけるビールの枝豆的存在なので、注文したりすれば、「お客さん、通だねえ~」な目で見られます。そっくりな種類で「パドロンピーマン」というのもあり、「ゲルニカはないけど、パドロンならあるよ~」と言われることも。こちらもおすすめです。
8.バスクチーズのメンブリージョ載せ:ケソ・コン・メンブリージョ(Queso con Menbrillo)
メンブリージョは花梨のような果実(厳密には違うらしいのですがそっくりです)のことなのですが、これでジャムを作ると自然に固まります。この固まったゼリー状のものをスライスし、バスク特産の羊の乳のチーズに載せて一緒に食べるのですが、デザートとしてよく提供されます。
最初は、チーズという塩気のものに、ジャム載せるなんてなんと邪道な! チーズだけで頂きます! と思ったものですが、試してみるとあら不思議。癖になる味で、甘いものが苦手な私は、コースなどでデザートを選ばなければならないときは大抵これにしております。
9.ピンチョスの定番:ヒルダ(Gilda)
言わずと知れたバスク料理の横綱、ピンチョスの定番中の定番といえば、酸味と塩味の効いたこのヒルダです。基本的には、青唐辛子のピクルス、種なしオリーブ、アンチョビを楊枝に刺しただけのシンプルなものです。タコやエビ、塩ダラやウズラの卵が刺さっているものもありますが、これらは変わり種といえるでしょう。
10.イカの墨煮:チピロネス・エン・ス・ティンタ(Txipirones en su Tinta)
イカの胴体に、細かく切った足と飴色にした玉ねぎを詰めて、イカ墨で煮たもので、これもまた、バスクを象徴するひと品といえます。今日はデートでおはぐろになるのがちょっと、とか、服についたら取れないし~などという心配のない方には確実にお勧めする、バスクのシーフード料理を代表する逸品です。カップルなんだから二人で一緒に食べればいいのではとも思いますが。
以上、スペイン料理とは一線を画す、まだまだ有名になっていないバスク料理の代表格をご紹介しました。
バスクはフランスとスペインにまたがっているため、フランス側バスクも人気なのですが、人口当たりのミシュランの星の数で世界一であるサン・セバスティアンを抱えているせいか、バスク美食ツアーといえば、特にスペイン側へのツアー企画を示すようです。とはいえ、バイヨンヌやビアリッツなどの風光明媚な観光地では、バスク料理だけでなく、フランス料理まで堪能できますから、フランス側バスクも非常におすすめです。
スペイン側については、親しみやすさと、レストランやホテルの良心的な価格でサン・セバスチャンに猛烈に追い込みをかけている実質的な首都であるビルバオ、小さな漁村なのに、革新的で新進気鋭なシェフたちが続々と集まっているオンダリビア、途方もなく奥深い山里なのに、世界のベストレストランに毎年選ばれる『エチェバリ』を有するアスペなど、バスク地方は、とにかく美食家たちを飽きさせません。
また、男性が料理をすることが多く、ほぼすべての男性が、どこかしらのキッチン女人禁制(だった)美食クラブに属しています。今でも、基本的に女性はキッチンに入りません。また、筆者の個人的な印象ですが、スーパーの男性客がここほど多い地域もないんじゃないかとも思っています。
独立運動で長く悪名を馳せたバスク地方、今ではその面影もひっそりとしていて、外国人観光客ウエルカムな、安全で美味しい土地になりました。それは、美食というアイデンティティを確立したから、今更「俺たちスペインとは違うんだぜ感」を強調する必要がなくなってきたからに違いありません。また、それを支える海の幸と山の幸がとても豊富です。舌鼓を強打してみたい方には本当におすすめです。ぜひ一度お越しくださいませ~。
(文・写真(トップ画像と出典を明記したものを除く) 清水胡春)