ジャングルの中にある寺院と聞けば、人里離れた荒れ寺でストイックな僧が修行をする神聖な場所……じゃないこともあるのが東南アジアのマレーシア。
熱帯雨林の山の中にあるエンタメ精神がありすぎる中華寺院とは一体何なのか!?
マレーシア在住、海外書き人クラブ会員の久里浜あきこがお届けするぞ。
首都クアラルンプールから車で1時間のところに位置する高原リゾート「ゲンティン・ハイランド」。マレーシア唯一の公認カジノがあり、大自然と俗世の煩悩が奇跡の調和を果たすこのリゾート地から車で約5分、もしくはロープウェイで1駅の距離にあるのが、今回ご紹介する「清水岩廟(Chin Swee Caves Temple)」だ。
清水岩廟の目玉と言えば……
「清水岩廟」を建立したのは中国福建省からの移民である故・林梧桐(リン・ゴートン)氏。未開のジャングルを開墾し、寺院とロープウェイでつながれたゲンティン・ハイランドを一代で築き、晩年は「マレーシアのカジノ王」と呼ばれた空前絶後のお金持ちだ。
寺院の中央、池の前には、ゴートン氏の銅像がやさしく微笑みかけている。
そしてもちろん世界の観光スポットの定番で、池には小銭が投げ込まれている。
いつ行っても必ずといっていいほど覗き込んでいる人がいるのだが、さすがに拾っている人は見たことない。
銅像前は、信仰心がある者だけではなく私を含む世俗にまみれた人間やギャンブラーが真っ先に訪れては、煩悩丸出しの願掛けをするパワースポットとなっている。
ギャンブルの象徴か? がけっぷちに立つ五重の塔
寺院の名物といえば、崖のふちギリギリにそびえる八重の仏塔。さすが山の急斜面を切り開いて建てられているだけのことはある。ここまで来る途中も山道が急すぎて、何台もの車が煙を上げて止まっているのを見かけた。「人生上り坂、下り坂、突然やってくる」とはこれなのか? 多分違うな。
この八重の仏塔はガチで崖のギリギリに建っている。捨てるものがないギャンブラーにとっては「崖も賭けもギリギリがたまらん!」と、テンション高めの「カイジ」なセリフが思わず口をついて出る寺院の人気スポットなのかもしれない。
岩の中にある圧巻の本堂を越える見所とは
本来、寺院などの見どころの肝(きも)は本堂や仏像だ。もちろん清水岩廟も岩肌をくり抜いたところに荘厳な本堂があって見応えがある。
しかし、その本堂の荘厳さすらも一瞬で凌駕(りょうが)してしまうほどの謎アトラクションが存在する。それが天国と地獄を同時に味わえる「啓蒙への旅」だ。
このアトラクションは「生前に悪事を働くと地獄に堕ちる、よい行いをすると天国にいける」ということを子どもにわからせるためにほぼ実物大スケールのフィギュアでその世界観をジオラマ化したものだ。
とはいえ最初に言っておくが、どう見ても天国少なめ、ほぼ地獄だ。
入り口のそばには大仏様がおられる。心なしか「また、おまえか」と言われているような気もするが、さっそく行ってみよう!
天国行きか? 地獄行きか? 判定やいかに!
この穏やかそうな雰囲気から一転して、心の準備もないままいきなり地獄がスタート。
日本語に訳すと「地獄の10部屋」と名付けられた10部屋には、人間界的にはほぼ実物大スケールの地獄が再現されている。
「地獄の10部屋」って洋楽デスメタル系バンドのアルバムタイトルにありそうなやつだなと思いつつ進むと……。
最初に登場する地獄の王はチンコンワンさんだ!
脇を固める手下の中にはややクセが強そうなのもいる。
正直ここはあまり怖くない。
この王は生前に犯した罪と刑罰を宣告するだけだ。罰の執行はしない。
チンコンワンさんは嫌なことは他の同僚か手下にやらせるタイプの管理職っぽい。
さて、だんだんと地獄本来の調子が出てくるのがこのあたりだ。
いろいろな地獄があるのだが、ここは不謹慎にもスポーツ系テーマパーク感が漂ってくる。
だがフィギュアの形態ゆえ、家族連れだと子どもたちはややビビリ、親は若干気まずそうにしている。
上から吹き出す炎と比べ、裸体の作り込みの精度がやたらよいのが気になる。
お次は「血の池地獄」だが、やや地獄度が低い印象。
なんなら「気持ちいいね! うっかり寝ちゃったよ」と、温泉でほっこりしていているようだ。もしかすると罰と見せかけたボーナスステージなのだろうか。
真ん中の人は本格的に寝に入っている。大きなお世話だが、もしかしたらのぼせているのかもしれない。
この部屋はリラックス要素が強すぎて、これを見た子どもが悪いことをしなくなるのかどうかはあやしい。
三者三様のビジュアルが、時間差でじわじわくる。このあたりまでくると怖いとか恐ろしいというのとまた違う感情が湧き出てくる。
なんというか、どことない緩さゆえに、見せ物小屋要素が強く感じられ、さらなるエグみを求めてしまいがち。
それにしても拷問、グロ、エロが満載だ。好事家(こうずか)にとっては地獄というより、たまらん世界観ではなかろうか。
とはいえ、まあまあな地獄を見せられてややトーンダウンしたころ、天国ゾーンが見えてくる。しかし、地獄ゾーンの作り込みに比べるとやや手抜き感があるのは否めない。
この楽器を演奏しながら舞っている美しい女性たちは「7人の妖精」で、早い話が「神7」ならぬ「天国7」とでもいう選抜チームらしい。
地獄から来たばかりだと極楽に対しても不信になっているので、「座って瓶ビール1本飲んだだけで、ン十万円の請求きそうな現世のヘブン」のおねえさんじゃないかと疑心暗鬼にもなる。
この3人は幸運、知恵、長寿を司るありがたい神様なのだが、彼らの前にある財宝壺のオブジェには4桁の数字の落書きがしてある。この数字は日本でいうナンバーズのような宝くじで当選祈願に書き込まれてしまったものだ。
自分が当てたい数字を、こともあろうに「神」本体に直書きしてしまう、しかも黒のマジックで……。
「さんざん地獄を見てきたんだから、少しは学習しろよ」と見るたびに思う。
寺院内には「スターバックス清水岩廟店」もある。さすがエンタメ系寺院というか、寺の中にスタバ。
「ヘブンフラペチーノ」や「真っ赤な激辛ポットパイ」なんていうコラボドリンクやフードを期待してしまうが特にそういうのはない。
余談だが、初めて私が取材でここに来たとき、「啓蒙への旅」だけを見てすっかり満足してしまい「肝心の本堂をうっかりスルー」という、ライターにあるまじき失態をやらかした。それが私の真の地獄だったことを毎回思い出す。
というわけで、本堂も忘れずに。
(文・写真 久里浜あきこ)