バルセロナで船舶免許の取得にチャレンジしてみた

バルセロナの海

目の前に広がるのは紺碧の地中海。そこで自由にクルーズできたらどんなに幸せだろう。

そう夢見た私、スペイン在住の海外書き人クラブ会員・上田紋加が、バルセロナでの「船舶免許取得」までの道のりをご紹介します。

コロナの自粛期間中、新しいことを始めた人も多いのではないでしょうか。私は「せっかくなんだから料理でもしなよ」という周りからの意見を完全に無視して、料理やベーキングなどもせず、新しい言語を学ぶわけでもなく、ヨガにはまったわけでもないのですが、一つだけ以前からずっとやりたくて、先延ばしにしていたことを始めました。それが船舶免許です。

2020年5月の半ば頃から、スペインでは厳しいロックダウンが解除され、外で運動することも許されました。なのでよく近所のビーチまで走りに行っていたのですが、港に浮かぶ船を見て船に乗りたい欲が再燃。そういえば学生時代はコンテナには夢が詰まっていると思っていたし、本気で海運会社で働きたかったことも思い出しました。見事に全社落ちましたが。

それに運転免許は一応持っているものの完全なるペーパードライバーなので、とてもじゃないけれど異国で運転なんてできない。だけど車がなければ綺麗な海には辿り着けない。それなら陸路は諦めて、海路を使えばいいではないかと思ったわけです。

また「車の免許よりもややこしい問題は出ない」「誰でも取れる」「めちゃくちゃ簡単」とも言われ、これを機会に始めてみることにしました。

日本の船舶免許(ボート免許)では、「一級小型船舶操縦士免許」「二級小型船舶操縦士免許」「二級小型船舶操縦士(湖川小出力限定)免許」「特殊小型船舶操縦士免許」の4種類があるそうです。

一方スペインでは一日で取得できる「LN(Licencia de Navegación) 」から「PNB(Patrón Navegación Básica)」「PER(Patrón de Embarcaciones de Recreo)」「PY(Patrón de Yate)」、そして制限なく航海できる「 CY(Capitán de Yate)」と5種類あります。

私がまず欲しかったのは、一般的なPERで全長15mの船が操作でき、陸地から約22㎞までの海域と島間の移動(バレアレス諸島)ができるというものです。

資格取得のために必要なのは、16時間の実習と筆記試験に受かることだけ。そこで、学校を探して2020年5月からオンラインで授業を受講しはじめました。

 

専門用語でまず躓く

スペインの船舶免許の教科書

みんなが「簡単」と口を揃えていうので甘く見ていましたが、外国人の私からすればすべての単語が意味不明。500回同じ単語を聞いても頭に残らない。そして意外と覚えることがたくさんある。

船の各部分の名前はもちろん、標識や船の明かりの種類、そして絶対に使わないであろう海図を見て(船にはGPSがついているし、自動操縦機能もある)自分たちの位置や目的地までの時間を計算するといったことを勉強するのですが、私は船に縁もゆかりもないので、言語問わずそもそも基本的な単語もわからない。

いちいち翻訳していたら果てしないし、検索したところで本当にそれが正しい日本語名称なのかもわからない。

ということで、スペイン語で無理矢理頭に叩き込みましたが、地獄でした。みんなが簡単だというのに、自分だけ発狂しそうになりながら、謎の単語たちや海図の上で90度ぴったりに引けない線と汗だくで格闘していました(当時の家には冷房がなかったのです)。

さらに灼熱の太陽の下でマスクをつけ、暑すぎて寝不足のまま参加した実習では、意識が朦朧として、頭では理解していることと違う動きをして(後ろに行かなければいけないのに、前進したり)、「NO NO NO NO NOOOO!」と2日間連続でインストラクターに叫ばれ、凹むという体験をしました。

そして一番の難関である筆記試験前の数日間は、朝3時に目が覚めるくらい焦っていましたが、奇跡的に合格! こんなに嬉しかったのは、大学に合格したとき以来ではないかというくらいでした(繰り返しますが、決してそんなに難しい試験ではありません)。

 

懲りずにもう一度、船舶免許にチャレンジ

スペインの船舶免許の教室

それから2年が過ぎた2022年の夏。24mまでの船を運転できるPYにチャレンジしました。実はこのコースに登録したのは2020年の12月。オンラインで録画した授業を視聴できるタイプにしたのですが、前回以上に意味不明。やる気をなくし、ずーーーーーっと今年の1月まで放置していました。

なのですが、すでに大金(たしか800ユーロくらい)を払ってしまったんだから、さすがにそろそろやらないとやばい、と気づき重すぎる腰を上げて勉強しはじめたというわけです。

一回の授業は2時間で、合計13回くらいあるのですが、とてもじゃないけど集中力が続かない。だから毎日一時間、まず動画を見るという課題を自分に課しました。けれどそれだとペースが遅すぎたのか、マイページから動画が消されるは、それをクレームするはを2ターンほど繰り返し、全体の内容をやっと把握。

とはいえ、再び海図をひっぱりだしてきて、コンパスやら三角定規やらを使って、謎の三角形を描いたり(風や波の影響を受けた実際の進んでいる方角、実際のスピード、コンパス上の方角、船のスピードを計算する)、海流の方角を出したりするのに一回動画を見ただけで理解できるはずもなく、もう一周すべての動画を見直すはめに。

さらに最悪なのはサイン・コサイン・タンジェントと、どんな場面で使うのかもはや覚えていない、この世で一番苦手な数学の知識が登場。計算機が持ち込めるとはいえ、今度は計算機の使い方がわからない(ちなみにこれは潮の満ち引き計算で、港に入る時間や、もはや日本語で何と呼ぶのかわからないsonda cartaというものを出す)。

あぁ、もうおしまいだと毎日絶望し、気がふれそうになりながらも海図と格闘していました。

と、まぁ大変だったのですが、とりあえず過去問を解きまくり、試験一週間前の土日にあった追い込み授業(午前9時〜午後6時まで)まできっちり出席すると、その頃には「これ受かるかも」と思えるレベルに。

ところが試験当日、問題を見て愕然。PYの試験は4月、7月、12月と一年に3回あるのですが、今年の4月から試験の作成者が変わったので、人生で一度も見たこともない問題だらけ。試験は4部構成で、この海図の設問は10問中3問までしか間違えられないのです。パニックになりながら汗だくで試験を終えました(会場はこの猛暑でエアコンなしの高校の教室)。

もう本当に「終わった」と思っていたので、「合格」の文字を見たときは泣きそうでした。というか、嬉しすぎて涙がでてきました。

そして、7月末にバルセロナからマヨルカ島まで船で行って帰ってくるという、なかなかハードな48時間の実習を受けて、無事にPY取得。もう2度とこんな無駄な資格は取らない(PERを取ってから一度も船を運転していない。それにPYを持っていると、イタリアのサルデーニャ島やスペインのカナリア諸島まで行けるけど、絶対に飛行機で行く)と心に誓ったのでした。

しかしこの48時間実習に、なぜかPYのもう一つ上の資格であるCYの人々がたくさんいて(参加者10人中8人)、CYを取ることをめちゃくちゃ勧めてきたのです。最初は「いやー、まだいいかなぁ」とか「もう数学が苦手すぎるからこれ以上は無理」と言っていたのですが、一人のおじいさんにこんなことを言われました。

「Capitán(船長)の勉強は、今までのよりももっとロマンがあるよ」

星座の勉強もしないといけないので、彼は「ロマンがある」と言っているのですが、それはすごくそそられる。さらに「自分も数学は嫌いだし、最初は意味不明だった」と励まされ、揺らぐ心。でも授業料も馬鹿にならない。でもあともう一歩で制限なく航海できる資格が取れる。と、さんざん迷った挙句ブラックフライデーのセールが終わる10分前に思い切ってカードを切ってしまったのでした。

またどこかのタイミングで後悔するんだろうなと思いながら、あと一踏ん張り頑張りたいと思います。

(文・写真 上田紋加)

 

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